■ ADV(アドボカシー)な人々 #11

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(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長 田中 均 「いまのきもち」vol.1

ADV(アドボカシー)な人々第11回目のゲストは、長らく北米やアジア地域との外交に携わり「外務省きっての政策通」として知られた田中 均氏が語る、真のグローバルコミュニケーションとは?
加藤氏:田中さんといえばやはりまず北朝鮮のお話を伺いたいんですが、拉致問題では、北朝鮮の体制も田中さんが交渉なさっていた頃とは大きく違ってきているかと思いますが、かつて「北朝鮮の問題はトップが全てを決める」と仰っていましたが、今あれだけ体制が違う北朝鮮と交渉するにおいても、それはやはり同じ考えですか?

田中氏:今、交渉はすごく難しいと思いますね。体制が変わったというより体制が安定しているとは思えません。前の金正日体制の時も、安定するのにずいぶん時間がかかりましたからね。金日成主席が死んだのは1994年ですが、それから数年がかりで「先軍体制」という形で軍を中心にした体制を作り体制の安定化をはかった。それを張成沢を後見人とし、党を中心とした体制に戻そうとしてうまくいかなかったという事ではないでしょうか。また先軍体制に戻りつつあるものの、引き続き「党と軍の争い」で非常に不安定な状況の中での交渉ですから、ものすごく難しいですね。

それと、良いか悪いかは別にして、私たちの時は秘密交渉だった。やっぱり人の命の問題ですから。拉致をしたのは現存する北朝鮮の機関なので、軽々に交渉をしていることが世の中に出ると拉致被害者の安全が脅かされることも危惧された。現在は開かれた形の交渉ですから日本では世論の強い反応も出てくる。相手は民主主義的な体制ではありませんから、日本の世論の強い反応に対して彼らの行動がどうなるか予測できないことが多い。ですからリスクは高いと思いますね。

日本の国内の世論を説得しつつ中長期的なことを考えていかなければいけない。これは生きている人を返せという話であり、死んだ人がいるならなぜ死んだか徹底的に究明しなければならないという話ですから、本来は政治とは切り離されたものであるべきですが、今や大きな政治問題となっている。そういう意味でも非常に難しいと思いますね。
加藤氏:拉致問題の一方で気になるのは核問題だと思うんですね。今アメリカは中東、ロシア、中国といろんなことで一杯一杯になってしまっていて、北朝鮮と交渉する体力も時間も無いような状況になっている。中国は中国で、北朝鮮と今ちょっとぎくしゃくした冷え込んだ関係にある。こういう状況の中で、一番核問題の影響を受ける立場である日本は、何ができるだろう、何をしなければならないだろうと思いますがその辺はいかがでしょうか。

田中氏:日本の外交って、諸外国もそうですけど、こうあるべきという世界をプロフェッショナルに追求していくというよりも、国内の情勢やナショナリズムといったものに影響を受ける余地が大きくなっていますから日本が動く余地も少なくなっている。核の問題も、いろんな過去の経緯があっての問題です。

その過去の経緯とはどういうことかというと、約束しても北朝鮮が守らない、一定の約束を作っても結果的に何回も核実験をするということになってしまう。そうした過去に基づいて今度は何をやるかということですから難しい。そういう状況ではアメリカ政権にとっても、或いは韓国や中国にとっても、現状維持を大きく超えて解決できると思う人はあまりいないのかもしれませんね。

経済的にも通常兵器の面でも韓国に比べ著しく劣る北朝鮮が自己の生存をかけて核を保有する意図を有しているのでしょうし、核を廃棄させることは至難という事なのでしょう。だから日本に何ができるか、と言われると米国、韓国、中国などとの連携を強化し北朝鮮に圧力をかけ続けるという事なのでしょう。
加藤氏:中国の話が出ましたが、11月に中国でAPECが行われることになっていて(取材:2014年10月)、そこで首脳会談ができるかということが注目されています。もし首脳会談が行われた場合、果たしてこのまま日中が改善方向に向かっていくのだろうかと思いますが、その辺はいかがでしょうか。

田中氏:首脳会談をやればいい、という話じゃ無いと思うんですね。いったい日本と中国の関係をどう作れば日本及び中国のためになるのかという目的設定をしないといけない。ジャーナリスティックに見れば、首脳会談をやればいいという目的設定ですが、よくよく考えてみれば、どういう日中関係を作ればいいかというコンセンサスが無いんです。

中国が大きくなってきた過程で、既存のシステムはアメリカが作ってきたシステムだから、中国は中国を中心とした新しいシステムを作ろうとしている。だから南シナ海や東シナ海で一方的な行動に出るんだと考える人もいます。

アジアインフラ投資銀行にしても、中国は5割の出資をもってADB(アジア開発銀行)に対抗していこうと着手していることから、ひょっとすると、中国は新しいシステムを作っていこうとしているんじゃないかと。そういうことに対してアメリカも日本も不安なんです。今の中国の社会、発言の自由や表現の自由の無い国が主導権を取るというのは、やはり我々は困ると。
そういう状況で「中国はどんどん孤立化させるべきだ」と言う人もいますが、これだけ中国と諸外国との貿易など経済相互依存関係が大きくなっているのに、それは現実的では無いと思うんですね。日本の経済にしても、インドの経済にしても、ASEANの経済にしても、アメリカの経済にしても、随分と中国との経済関係に依存しているじゃないかという話になるわけです。

そうすると、中国とどういう関係を作っていくかというのは、必ずしも単純な答えがあるわけじゃ無い。アメリカは一方では、軍事的な抑止力を持ち中国をけん制しています。ただこれだけ中国と相互依存の関係がある中で、それだけで十分であるわけがない。アメリカはかなり複雑な対話の枠組みを何重も作っています。

日本も自身の安全保障力を強化するとか、周りの民主主義国と安全保障協力を強化するといったことは正しいと思いますが、同時にアメリカがやっているように、対話のフォーラムをいくつも作って中国を変えていくということも必要だと思いますね。相互依存しているということは、中国だってその依存関係が崩れると困るわけですから、そういう意味で中国に対して圧力をかけて、中国をより建設的な存在にしていくことを考えなければいけない。
世論調査では、「中国との関係では譲るべからず」という意見が多数を占めている。ここで大事なことは、国民の人々が、自分たちは何を議論しているのか、中国に譲るとはどういうことか、中国との関係はどうあるべきか、ということについて理解を深める必要があるという事です。短絡的な質問に対して、「中国は嫌いだから譲っちゃいけない」といった答えになるのは解りますが、中国とどういう関係を作るべきかは、好き嫌いじゃなくて建設的に考えなければいけない。

今の雑誌を見れば反中、嫌中、反韓の記事がたくさん出ていますね。中国と建設的に語ろうよ、なんて言ったとたん右翼の攻撃の対象になるような雰囲気になっているのは大いに問題があります。日本は中国に比べ圧倒的な先進民主主義国だと思うので、日中関係はどうあるべきかという議論は尽くすべきだと思います。

加藤氏:仰るとおり民主主義というのは、外交が世論に左右される場合が大きいですね。我々ひとりひとりがもっとやらなくてはいけないことがあると思うんですよね。それって正に「考えること」なんですね。

田中氏:だと思いますよ。民主主義というのは、ともすればポピュリズムという形で国民の感覚的意見に影響を受け易い。それが悪いことかと言われれば、そうじゃないかもしれない。官僚が独善的にものを決めるとか、或いは非常に強い力が一方的に決めるのは明らかに良くないのですが、問題は、国民が十分理解した上で意見を述べているのかという事なのでしょう。
政治家の役割にしてもメディアの役割にしても、世論に従うだけじゃなくて、健全な世論を作ることだと思うんですよ。健全な世論を作るためにはやっぱり読売新聞も無くちゃいかんし、朝日新聞も無きゃいかんのです。すべてが体制派みたいになるとやっぱり具合が悪いことになる。

外交というのは、座標軸は今まではかなり明確だった。というのは、戦後、日本は民主主義国として超大国アメリカと同盟関係を結んだ。日米安全保障条約で日本はアメリカに安全保障を依存しつつ20数年で世界の2番目の経済大国になった。日米関係が日本外交の基軸だったわけです。

ところが冷戦が終了し、グローバリゼーションの結果中国などの新興国が台頭し、今は世界の構造が変わってきた。アメリカの相対的な力は落ちてきた。アメリカ国内も割れている。アメリカが一方的な軍事力を使ってという余地も少なくなっている。主要先進国のGDPが世界のGDPの7割を占めていた時代は終わり、今や5割程度。どんどん新興国との間で力関係が変わっている。

すると今までのように、日米関係が外交の基軸で、その関数としてやっていけばいいという世界では無くなってきた。これまで以上に日本が外交上の選択をしていくのが難しくなっているという事であり、明確な選択基準がないと国内世論に影響を受ける度合いも大きくなっているという事でしょうね。

だから例えば外交官であって今は民間人である私の役割は何かというと、プロフェッショナルに議論していくことだと考えています。プロフェッショナルな議論によって、ひとりでも、「そうだよな」と思ってくれれば、それが広がっていくかもしれない。大学で教えている学生たちが、「俺は外交を志したい」となってくれれば世の中は変わってくるかもしれないと思っています。
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2015/01/23


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