■ コンサルティング談 #05

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■ コンサルティング談 #05

鉄道とまちづくりと中小企業診断士

鉄道とまちづくりと中小企業診断士

第5回のゲスト・黒田一樹さんは、経営戦略からクリエイティブまでを一気通貫で支援できるコンサルタントであるとともに、「鉄道好き」の世界では、ディナーショーを開くほどの有名人。まちづくりの仕事から鉄道にまつわる話まで、鋭い舌鋒と視点で語ってくださいました。
デートしたくなる街をつくる
平井:お仕事は講演や執筆、コンサルティングのほかに、ウェブやカタログなどクリエイティブなものも多いですね。

黒田:はい。マーケティングが中心です。講演は、「まちづくり」関係が増えてきました。行政に食い込んだ「まちづくり」よりも、商工会議所の青年部などと組んでボトムアップ的な支援をしています。

平井:地方都市では、シャッター通りなどと呼ばれる寂しい商店街も増えました。

黒田:はい。でも、個店の魅力を高めれば、商店街の魅力も高めることができます。ところが、診断士の提案を含めて、商店街が講じるハードウェア対策は、街路灯の設置やカラー舗装などが多い。これだけでは、快適性でショッピングセンターには勝てません。ソフト対策では、祭りやイベントの開催が講じられることが多いですが、個店の魅力の観点で言えば、私はピント外れだと思います。

平井:そうですね。お決まりのパターンで、その後の街の姿が見えにくいですね。

黒田:そういう状況ですが、私の意識の中には地方が活性化するための6つの要素があります。1つ目は、地方の名産品。食品や服飾など、体験を共有できるモノが望ましい。2つ目は、情報発信力を高めるための、地元のマスコミです。東京の人に比べ、地方の特に県庁所在地の方は、マスコミとの距離が近い。

3つ目は、それを支える金融機関。4つ目は、できれば公共交通機関が重要です。やはりタクシーではなく、その都市にきちんと足があること。お酒も飲めますしね。5つ目が、その土地のホテル。ここに行く価値があると思わせるような、ストーリーのあるホテルに泊まりたくなりますね。リピーターづくりにも有効です。

6つ目に、地元の百貨店です。百貨店は、地域一番店で最高のセレクトショップ、地域のブランドであるべきです。アンテナショップには、地域で厳選したいいモノよりも、そこを助けなければいけないから売っているようなお役所感が拭えない部分があります。

そこで、「百貨店がその地方の情報発信力の源として再興することで、中心市街地が再び蘇る」という持論です。デートで横浜に行ったとしたら、どこにでもあるチェーン店には行かないでしょう。どこに行っても同じような店ばかりだと、地元の人にとっては安心感があるのかもしれませんが、誇りにはなりません。

平井:とてもわかりやすいですね。

黒田:まちづくりも、補助金が出やすいこともあって、高齢者やファミリーに偏りがちです。ところが最近、街コンなどが流行っていますが、私は「デートしたくなるまち」こそが、一番魅力的だと思いますね。若い人が街にお金を落としていくのは、ある意味健全です。それも車ではなく、公共交通機関でデートするような街が素敵だと思っています。

ゲスト:黒田一樹氏
あの「ぐるなび」を作ったのは
平井:大学卒業後に交通広告のNKBに入社されました。「ぐるなび」の母体の会社ですね。

黒田:実は、「ぐるなび」を考えたのは私なのです。入社したのが、インターネット元年と呼ばれる1995年です。「JoyJoyブライダル」という結婚式場を紹介する事業をNKBが運営していました。その中に2次会の会場を斡旋する「JoyJoyパーティ」という部門がありました。

ところが、この事業がいまひとつ有効に機能していませんでした。「これとインターネットの組み合わせを考えろ」と社長に言われ、新卒新入社員3人でプロジェクトが組まれました。そこで、「JoyJoyパーティ」の流れで飲食店とのつながりを活かして、さらに予約文化を普及させたいと、「ぐるなび」の基本的なビジネスモデルを考えました。

平井:インターネットも黎明期ですから、店舗への打診も大変だったでしょう。

黒田:はい。飲食店の一店一店からの回収も大変ですし、何よりITリテラシーがないので、全部FAXでやりとりをして、こちらで情報をアップしていました。「ぐるなび」の認知度アップのために、NKBがさまざまな駅に持っている看板の有効活用も考えました。

平井:入社してすぐに大仕事でしたね。

黒田:そこで5年ほど勤めた頃、ヘッドハンターに会い、年収に目がくらみ、英語ができる契約社員としてオリコムに転職しました。待遇は良かったのですが、参画していたプロジェクトの解散とともに契約解除になってしまいました。もともと35歳くらいで独立するつもりでしたが、30歳で放り出されてしまいました。でも、いまは古巣の会社から仕事をいただくこともあるのですよ。
電車を購入
黒田:その頃、ちょうど電車を買うことになりました。いま、大津にあります。

平井:電車ですか?驚きました。購入されたのはどういう流れからですか。

黒田:もともと京阪電車の路面電車だった区間が1997年に地下鉄に切り替わったときに、愛着のあった路面電車用の車両をスクラップにするのは現場も忍びなかったのでしょう、2両だけ残して、琵琶湖のほとりに放置されていたのです。

5年経って、その2台を潰すという話が進み始めました。そこで、ネット掲示板の友人の何人かと話をして、京阪電車に企画を持って行ったのです。貴重な電車を消滅させるのは後世に悔いが残るでしょうから、電車を活用して美術展を開催するなど、大学で学んでいたアートや本業のマーケティングと結びつけ、地域活性につなげるという提案をしました。

平井:それは面白そうですね。

黒田:電車はタダでいいので、何かのときのためにスクラップ費用と毎月の車庫代を入れてほしいと言われました。でも、さまざまな話をしているうちに、京阪電車大津線のウェブサイトを作ってほしいと依頼があり、そこで車庫代が相殺されました。

当時としては、かなり先進的なウェブサイトを作っていました。お客様のためはもちろんですが、従業員とその家族のために従業員インタビューなども取り入れました。

現場が電車にどれだけ誇りを持っているかをウェブで公開したら、他社の大事故のときでも、京阪だったら大丈夫だという話が出てくることもありました。こういう積み重ねで、現場の士気も業績も上がってきました。

平井:いい変化ですね。何より、趣味が仕事につながってきました。

黒田:でも、毎月平日に何日も東京から大津詣でですから、再就職、社会復帰などできないわけです。少しずつ電鉄などから仕事をいただくようになって、グッズを作ったり広告企画を考えたりと、食いつないでいたのが実情です。
お客様とは共犯者でありたい
黒田:会社員のときから、中小企業診断士というのは頭のどこかにありました。勉強を始めたのが、会社をクビになって大津に行き始めたときです。受験校に行くお金はないので、移動中に勉強していました。

最初はまったく理解できず、文学部出身ですからBSもPLもわかりません。試験の合間にもお客さんから電話がかかってくるなどドタバタな受験でしたが、無事合格し、2008年に登録しました。

平井:会社を辞めて6年。鉄道という趣味が仕事につながり、今度は中小企業診断士の取得で、また新たな広がりですね。仕事をするにあたって意識していることは何でしょう。

黒田:ウェブを作ったり、カタログを作ったりとクリエイティブな仕事を期待されることが多いのですが、その際には手間と時間をかけて、生産者ではなく、“お客さんのお客様”というプロの素人の立場でお客さんと対話しながら、寄り添っていきたいですね。

お客さんと一緒に泣いたり笑ったりする、先生でも業者でもない、パートナー、むしろ共犯者でありたいと思っています。お客さんとグルになって楽しいことをしたいですね。

そして、お客さんにとってのお客様という視点から、どれだけシンプルで美しいものを作れるかを模索しています。「楽しい・美しい・わかりやすい・バカバカしい」が重要だと思っています。

平井:バカバカしいっていいですよね。そういう余白がないと、いいものは作れないと思います。
男子たるもの世界征服!?
平井:今後、挑戦したいことはありますか。

黒田:男子たるもの、世界征服を掲げなければなりません(笑)。世界約180都市の地下鉄を制覇したいです。いま、116都市まで達成しています。あと2年で世界征服を完了する予定です。私は、TVチャンピオンの「東京地下鉄王選手権」で準優勝もしています。

平井:そこまでお好きなのですね。地下鉄の魅力とは何でしょう。

黒田:「メトロ」という言葉には地下の概念はないのに、おのずと地下になりますよね。地下鉄は外が見えないために、100%人工空間でアートなのです。

地下鉄の中では、さまざまなマーケティング活動が展開されています。その時代を代表する技術や意匠で建設されており、乗換案内のインターフェイスなども芸術的ですし、その都市の象徴であり、文化です。

アートは人工という概念なので、100%都市をイメージする要素があります。だから、地下鉄を見ると都市が見えるのです。外国に行くときに路線図を見ると、どことどこが中心なのかは大体わかります。

平井:それぞれの都市でさまざまな工夫があって、違いが面白そうですね。

黒田:はい。たとえば磁気の切符ではなく、ICのみの駅が増えました。中でもソウルの自動改札は、発想力に感動しました。切符を入れなくていいから、自動改札機が薄い。薄くなった分、通路を多く取れるのです。日本のIC専用の改札機は厚いので、何のブレークスルーもありません。

平井:たしかに、そのとおりですね。

黒田:電鉄からお呼びがかかって、助言することもあります。鉄道趣味関係の執筆や講演も増え、なぜか毎回のように満席のお客様をお迎えしています。「京阪電車を味わう夕べ」という題目でディナーショーもやりましたよ(笑)。

平井:ディナーショーを経験している中小企業診断士は珍しいでしょうね。

黒田: 珍しいといえば『月刊ビッグガンガン』(スクウェア・エニックス)で連載中の鉄道コミック「銀彩の川」の監修までするようになってしまいました。先日など、鉄道に関する講演のときに「中小企業診断士の黒田一樹ですっ」と自己紹介したらなぜか笑いが巻き起こったりして。どういうことなんだ。(笑)
趣味が道楽になり、事業へ
平井:鉄道趣味で十分、ご商売になりそうですね。

黒田:趣味は、行きつくと道楽になります。道楽は、趣味とは根本的に違って、身を持ち崩すもので、女房に後ろめたいとか、これをやっていなかったら家が建っていたな、くらいのレベルです。

でも最近わかったのが、道楽は行きつくと事業になるということです。中小企業の新規事業の実態は、顧問先や「ぐるなび」を含めて社長の道楽から始まることが多いですしね。

今年、鉄道ものの本を2冊出すことになっています。これで名前を露出して、本業にシナジーがあったらいいなというのが私の思惑です。

平井:趣味で終わらないところが素晴らしいですね。

黒田:でも今後、道楽から事業になっても、中小企業診断士の看板は決して外しません。この仕事を知ってほしいというのがありますし、コンサルタントだから、道楽のほうでも多角的な見方をしているという視点を伝えたいのです。

鉄道の道楽で言えば、もっと詳しい人は大勢います。コンサルタントも同じで、本業でお客さんより詳しいわけがありません。私たちに何ができるかと言うと、せいぜい別の視点から物を見るくらいですよね。

私たちもその業界を勉強しながら、お客さんの新しい発見を手伝うのが仕事です。業界の勉強はしなければなりませんが、お客さん以上に精通はできませんから。

平井:そうですね。コンサルタントのスタンスを再確認した気がします。
黒田 一樹
中小企業診断士
1級販売士、商業施設士、シニアALコーチ
慶應大学文学部卒(美学専攻)。株式会社NKBの新卒プロジェクトで「ぐるなび」のビジネスモデルを立案後、広告営業に転じ、多数の顧客を開拓。㈱オリコムを経て独立。「驚きのある処方箋」、「デザインによる問題解決」を掲げ、経営戦略から広告製作まで支援する。国内外での講演は、美しいスライドと楽しい話術で好評。 近著に『ネットで愛されるお店になる100の処方箋』(繊研新聞社)『乗らずに死ねるか!-列車を味わいつくす裏マニュアル』(創元社)。

FB: itsuki.kuroda
平井 彩子
中小企業診断士
平井彩子事務所 代表

独立系ソフトウエア開発会社でプロジェクトマネージャを担当。証券会社向け、ベンチャーキャピタル向けシステム等、金融機関向け業務システムの構築現場を数多く経験。2010年からは、中小企業向け経営改善をメインとするコンサルティング会社に勤務し、会計業務支援、資金繰り改善、事業計画策等を担当。2012 年平井彩子事務所を設立し、コンサルタントとして独立。人材育成を中心に、業務改善、システム構築支援など、現場が自分たちの力で実行する仕組みづくりから支援を行っている。
FB: saiko.hirai
2015年8月/撮影協力:わたなべりょう

2015/08/15


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