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■ BRANDING #04

ブランドを立てる「MPDP」理論 vol.1

ブランドを立てる「MPDP」理論

今回のブランド対談の第2弾は、一般社団法人 ブランド戦略研究所 理事長、関西大学の陶山計介教授と、頭が潰れたネジが簡単に回せるという画期的なプライヤー「ネジザウルス」を開発、100万本の販売実績を持ち、グッドデザイン賞や科学技術賞など多数受賞、特許も取得された工具メーカー、株式会社エンジニア 代表取締役 高崎充弘氏との対談です。高崎氏はネジザウルスのヒットの要因を分析、「良いものを作っても売れるとは限らない」というヒット商品の法則「MPDP理論」を編み出されました。お二方には中小企業がブランドを立てるための秘訣や、ヒット商品の次に企業にとって必要なことについてお話いただきました。
なぜヒット商品は生まれたか
陶山氏:高崎社長は、お父さんの会社を継がれて自分の代になってから、オリジナルのものを作ろうとされたんですか?

高崎氏:もともと創業時からファブレスで工具を作ってきた会社で、父親も自分で商品開発をしていたんですね。

そこへ私が造船会社に約10年間務めていたんですけど、親の事業を継げということで帰ってきました。

それから自分の代になってから20数年間、約800アイテムの新製品を作ってきました。現在製品化しているものは小さな部品も合わせてですが、全部で1000アイテムあります。

陶山氏:20年で800アイテムってことは、1ヶ月で2個以上の計算?

高崎氏:ええ、その中で売れないので製造中止になったものもありますが。

陶山氏:その開発量はお父さんの代よりは多いです?

高崎氏:ええ、増えていますね。

陶山氏:なるほど。お父さんの会社を継がれて、最初にこれだけはやろうとか、こう変えてやろうと思われたことは何ですか? 

高崎氏:結構カルチャーショックはありましたね。前職の造船会社のように、きちんとシステム的に人が動いているのと違って、社員20名の会社ですから、「こんなことがまだ、こういうカタチなのか」と思いました。これは自分なりに変えていかなければと思いましたけど、基本的に人が動くわけですから、しくみだけパッと作ってもうまくいかない。

しくみの上で働いているのは人ですから、まず人を変えていかないといけない。大企業なら、まず組織のしくみに乗る人しか採用されてきませんから、指示を渡せばすぐ済みますが、そういう環境じゃないですし、また、言われたことを勘違いする人もいますから。やはり人を変えるというのは難しいですね。ようやく今25年たってカタチになってきたかなというところですね。

陶山氏:高崎社長が掲げられている「MPDP」は、当時既にあったのですか?

高崎氏:いえ、「MPDP」ができたのはごく最近で、いままでの失敗の経験の中から生まれたんです。ネジザウルスが最初に出来たのが2002年、大きいねじ用、小さいねじ用と3機種作っていたんですね。

リーマンショックの後、このままじゃいけないと思いまして、「一家に一本、ネジザウルス」を合言葉に、ご家庭でも使えるような4代目を作りました。 ぱっと見はあまり変わらないんですが、これが初代3機種を合計した数の倍近く売れたんです。

そこで、なぜこんな売れたのか、これまでに開発した800アイテムには無くて、これにあるものは何か。

よくコンサルタントの方々が「SWOT分析」をされますけれど、私は弱みをいまさら抽出しても意味がないと思い、ドラッカーの言葉に「強みの上に強みを築け」とあるように、強みだけを抽出していろいろ分析してみたんです。

つまり、この製品にはどんな強みがあるのかと考えると、お客様の声を聞いてマーケティング(Marketin)した、特許(Patent)もとった、デザイン(Design)も賞を取った。プロモーション(Promotion)もやった。だから売れた。

そこでそれらの頭文字をとって、売れた理由には「MPDP」があったという考えに至りました。

「子孫に井戸を与えるよりも、井戸の掘り方を教えたほうが良い」といいますよね。成功した理由が判れば次の製品開発に役立つと思ったんです。これで、このネジザウルスという製品を作ったことよりも、「MPDP」という考え方を見つけたほうが私には大きいですね。

陶山氏:マーケティング、特許、デザイン、プロモーション。「MPDP」はすごく体系的にまとめられた考え方で、当ブランド戦略研究所が掲げている「経営・知財・マーケティングの三位一体」というコンセプトと共通するところもありますね。

ヒット商品が生まれた秘密を体系的に探るところが興味深い。普通はなかなかそこまで気付かないですから。また、その商品を開発するまでにいろんな経緯があったと思うんですが、なぜそれまでの開発がうまくいかなかったのかもお聞きしたいですね。800アイテムの商品開発をされてきた中で、今振り返ってみてなぜ大ヒットしなかったのか、どこに問題があったと思われますか?

高崎氏:「MPDP」が一つだけ足らなかったらどうなるかとか、1つだけしかなかったらどうなるか、ということも考えたことがあるんです。M(マーケティング)が無かったら、そもそも市場にニーズがない、ということですから、つまり「ワイシャツの最初のボタンを掛け間違っている」状態で、あとのPDPをやっても売れないんですね。まず出発点が間違っているわけですから 。

P(パテント)が無い場合、2つの問題があって、一つは自社が開発しても、他社がパテントを先に取ってしまえば権利侵害と言われる。もう一つ、自社も他社もパテントを取らない場合、市場にはすぐ模倣品が出回ってしまう。いずれにせよ長続きしなくなる。

D(デザイン)が無い場合、消費者の立場で考えてみて、同じ機能で同じ値段だったら、やっぱりデザインの良いほうを買いますね。あと、P(プロモーション)が無い場合は、営業戦略が無いということですから、MPDまで3つ揃っていながら非常に惜しい。最初の出だしは良くても、途中で必ずブレーキがかかってしまいます。

私がこれまで開発してきた800のアイテムやネジザウルスの初期3機種は、「MPDP」が全て揃っていないまま勝負しようとしていたことが売れない理由だったと思っています。

陶山氏:1つだけで勝負しようと?

高崎氏:ええ。たとえば、「お客さんからこんなものが欲しいという声があるのに売れない」「こういう特許取ったのに売れない」といったことですね。特許取ることにしても、特許を取る=特許を取れたほどの優秀な製品だ、と勘違いして、「なぜ売れないんだろう」と悩んでいる方はたくさんおられます。

特許は登録の範囲を狭くすれば100%近く取れますし、今までに無い斬新な色やデザインにしたら売れるかといえばそうじゃない。また宣伝や広告をすれば売れると思い込んでいても売れませんよね。800もの試行錯誤をして生まれたのが「MPDP」なんです。

でもその800アイテムも、やはり20年も開発の経験があるわけですから、「これは絶対売れるぞ」「これはすごいぞ」「きっと大ヒットするぞ」と、どれもそう思って開発してきたんですよ。

陶山氏:そりゃ自信をもっていますよね。

高崎氏:ええ。なのになぜ売れないんだろう、こんなはずないのにとずっと悩んでいましたね。

陶山氏:よくマーケットインとかプロダクトアウトと言われるんですが、単にそれだけの話ではないですね。「MPDP」は最初にM(マーケティング)がありますから、必ずしも企業側の都合だけで開発されたわけではなく、お客様の要望やニーズをリサーチされた上だと思うのですが、「トラスねじを外せる」というところに着目されたのが興味あるところですね。

市場のニーズに、どこが一番核心なのか、誰が重要なのか、そこを突破して新しいものを生み出そうとされた経営トップやマーケターのセンスがヒットの大きな要因じゃないかと思いますね。ある意味マニアックとも思えるニーズに注目されたところが面白い。

高崎氏:そうですね。初期のネジザウルス3機種に「愛用者カード」というアンケート用紙を入れていたんですね。30-40万個くらい売った中から、1000枚ほど返って来ていたんです。

その中に記載されたお客様の要望を、多いものから順番に並べてみて「トラスねじが外せたらいい」というのは5番目くらいでしたね。非常に少人数の要望だったんです。

社内で開発会議して、「トラスねじって、そうだよね。外したいよね」って話はしていたんですが、少ない人数しか要望していないことを盛り込んでも・・って悩みましたね。どこで線を引くか。

まあ、この形状ってそんなにコストがかかることでもないし、ちょっとしたことでできるんだから、やってみようということになったんです。

3次元CADで作ってみて、先端をこういう形状にすればできると検証して、実際に試作品を作ってみたら確かにトラスねじも外せるんですね。

この時に2つ目の発明考案が誕生したのです。弊社で「コマネチ特許」って呼んでいる(笑)最初の特許に続く2つ目の特許です。しかし、最初は売れるかどうか不安でしたね。ここに何をどこまで盛り込めば売れるかと考えましたが、そんなにコストをかける体力もありませんでしたし、最低必要な機能だけ盛り込んだんです。

陶山氏:潜在的なニーズを発掘して、既存のものとの差別化に繋げるという、第1ステップのマーケティングの時点でそこに注目されたことが「MPDP」の一番のきっかけとなり、イノベーションをもたらすことに繋がった。そこに気付いたところが高崎社長の経営手腕とセンスではないかと思いますよ。

高崎氏:まあ、お客様は「トラスねじを外したい」と要望するだけで、どうしたら良いかは言ってくれないですからね。

陶山氏:はじめに理論ありきで出てきたものでなく、なぜ売れないのかと自分を極限まで追い詰められたから、そうした発想やセンスが磨かれたんでしょうね。

ものづくりの企業となると、マーケティング的ではなかったり、プロモーションやデザインを考えることが少ないと言われていますが、そうではなく、徹底的に「ものづくり」にこだわるなかで、同時にマーケティングやデザイン、パテントを取るといった市場を「見通す力」も生まれます。

これがものづくりのメーカーとしての一つのエッセンスではないでしょうか。そのとき大事なのはモノの形だけにこだわらないで、その価値を考えることでしょうね。

高崎氏:「見通す」ということって大事だと思いますね。ものづくりの企業は作ってなんぼで、あとは誰かが売ってくれるだろうではなくて、消費者の手元に届いて満足感を与えるためには、こういうデザインでなければとか、心に触れるプロモーションは何かといった、川上から川下まで完結した見通せたものづくりをしないと、途中でぶちっと切れるようなビジネスではだめだと思います。

特許を取っても、それは一つのプロセスとしての流れの中にあるだけで、やはり最後まで「MPDP」という一環したものが必要だと思います。

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