■ コンサルティング談 #02

HOME» ■ コンサルティング談 #02 »中小企業診断士の仕事は「創る・繋ぐ・診る・書く・話す」

■ コンサルティング談 #02

中小企業診断士の仕事は「創る・繋ぐ・診る・書く・話す」

第2回のゲスト・堀切研一さんは,地道な仕事から徐々に仕事の幅や深さを広げてこられました。現在は地域プロデュースのほか、後進の育成にも力を注ぎ、「取材の学校」、「講師の学校」、「歴史の学校」等のスクールを開講するなどご活躍中です。その行動力・決断力を裏づけているのは、“戦略家”の顔でした。サラリーマン時代の苦労や、独立してからの仕事の広げ方など、重要な局面にどう決断してきたのかを伺いました。
 

「ククレカレーがご馳走!」が始まり

堀切:ハウス食品入社のきっかけは、本当にご縁と運でして…。学生の頃、北海道で自転車部の合宿がありました。そのとき、実家の鹿児島まで、手持ちの 2万円だけで帰ろうとしたんです。米と水だけなら何とかなると思いましたが、それだけでは味気ないので、週 1回だけは「ククレカレー」を食べていいと自分の中で決めたんです。自分にとってはご馳走ですよね。そのことをハウス食品の面接で、「ククレはご馳走です!」と話したところ、「変なことを言っているけれど、面白そうだから採ってみよう」と担当者の方が思ってくれたと、後にお聞きしました。

平井:いやぁ、ほかのカレーじゃなくて良かったですね(笑)。

堀切:それもご縁ですね。入社後は、営業や販売企画、レトルトのマーケティング部門などを経験しました。マーケティングと言っても、商品に対する広告・販売促進、営業戦略などを担当していましたが、その後は新規事業立ち上げも経験しました。


ゲスト:堀切研一氏

平井:中小企業診断士を目指すきっかけは何でしたか。

堀切:入社して数年は地方勤務で、その後、東京に来たんです。支店では、ある程度仕事を回せている気になっていましたが、本社に行ってみると、 0から 1を作る仕事になり、想像力や知識が必要とされ、急にキツくなりました。会議でもずっと発言できずにいると、「発言しないなら来なくていいよ」と言われてしまいました。「これはまずいな…」と先輩に相談したら、その方が中小企業診断士資格を取得していて、その話をしていただいたんですね。「中小企業診断士の勉強をしたら、課題は解決するんじゃないか」と言われました。それが中小企業診断士との出会いでした。

平井:いいタイミングでしたね。

堀切:「来なくていいよ」と言われたときは、周囲の人の発言をすごいと思っていたんですが、中小企業診断士試験に受かる直前頃は、知識やフレームワークが身に付いて、主体的に発言できるようになっていました。でも、得たのが知識だけだったため、いま思えば、当時言っていたことは机上の空論でしたね。でも、そのときはそのときなりに、一応戦えるレベルまでには来たという手応えを感じていました。

独立のきっかけ

平井:中小企業診断士を取得して、割とすぐに独立されていますね。

堀切:独立の理由の 1つは、いま 10歳になる息子に自閉症という障がいがあり、妻も子育てが大変だったため、独立の選択肢があるのなら、家で仕事をしてほしいと妻から希望されたことでした。

もう 1つ、資格を取得した直後なのでチャレンジしたかったというのもあります。30代半ばで一番働き盛りですし、資格を取ったばかりで自意識が高かったこともあって、「俺はいったい何をしているんだろう。何も社会にインパクトを与えられていない」と鼻息の荒い時期でした。

平井:でも、不安もあったのでは。

堀切:不安で、毎日夢でうなされている感じでした。でも、悩んでいる時間は無駄だから、準備はできていないけれど、辞めてから考えようと思いました。合理的な判断をしていたら、たぶん辞められなかったと思います。

平井:いきなりの退職で、どのように営業をして仕事を獲得していったのですか。

堀切:まずは手紙を書きました。会った方やお世話になった方に、100通くらい手紙を書きました。内容は普通の礼状ですが…。

平井:顔と名前を覚えていただくために?

堀切:そうですね。大学の非常勤講師など、手紙のご縁でいただいた仕事もあります。いまどき手紙を書く人は珍しく、信頼できると思っていただけたようです。それからは書く仕事も少しずつ増え、編集者の方に会うごとに企画提案をして、何とかお仕事をいただいてきました。

また最初は、アルバイトのような仕事にも取り組みました。川崎市の仕事も、出入りしているうちに顔を覚えてもらい、エリアプロデュース事業のプロデューサーとしてご指名をいただいたんです。最初はアシスタント的な仕事でしたが、次からはプロデューサーとして、その地域を中心にプロデュースをするものでした。この事業は面白くて、「地域を 3~ 5年で元気にしてください。年間○○日くらい入ってください」と言われました。何をやってもいいと、任される範囲が広いんです。期末にプレゼンをし、ダメだったら継続してもらえませんが、もう 5年くらい継続して支援しています。


インタビュアー:平井彩子

 

きっかけを得たエリアプロデュース

平井:エリアプロデュース事業については、5年間継続と素晴らしいですね。具体的にはどのようなことをされるのですか。

堀切:エリアプロデュースは、地域課題を探すところから地域の方と一緒に進めます。そのうえで、地域資源を洗い出し、地場出身の歴史上の名将がいれば活用したり、プライベートブランドを作ったりと、多岐にわたります。当初のメンバーには年配の方が多かったのですが、青年部長として力のある方が入ってきてくださって、その方が今はかなり仕切ってくださるようになりました。

平井:さまざまな利害関係もあって大変そうですが、その分、醍醐味もおありでしょう。

堀切:最初は、地域支援にはそれほど関心がなかったんです。コンサルタントと言えば、企業向けにバリバリ動くイメージでしたからね。でも、やってみるとこんなに面白い仕事はないんです。特に、地域の200人くらいの方と一緒に作っていくのが面白い。人がたくさんいるというのは難しいですが、パワーが出るため、動いたときは企業のコンサルよりうねりがすごいんです。地域全体が 1つの方向へ動いている空気感を感じます。また、成果が出るとさまざまな方に注目してもらえますし、とてもやりがいがあります。

平井:堀切さんは調整もお得意そうですね。

堀切:実は事務局的な仕事もやっているんですが、本当は調整は苦痛なんです。やりたいことを考えるのがすごく好きなので、チームを組んで、私にできないことは得意な人にやってもらおうと思っています。地域プロデュースでも、最初は細かい調整をやらなければなりませんが、長くやっていると地域の中で得意な人が出てくるため、そういう方に任せて自主的に運営してもらえるようにしています。

 

ステージ論で考える将来像

平井:ご自身の今後をステージ論で考えていらっしゃるそうですね。

堀切:独立当初は誰もが不安で仕方ないので、自分や後輩のために、独立後のステージ論を作っているところです。私は、最初は地域のアルバイトから入りましたが、専門家派遣を経験し、そのうちエリアプロデューサーのように、「 5年でまちを元気にする」という大きな話になってきました。東京都の大きなシンポジウムで、地域活性化のコメンテーターとして250人の前で質問をしたり、自治体の事業の委員長の仕事が来るなど、振り返ると少しずつステップアップしていると思います。これを整理して、次を想定しておかないとダメだと思ったんです。

平井:ステージで考えることで、向かうべき場所が見えやすくなりますね。

堀切:また、先が見えている人に聞くことも大事です。法人化した際も、事務所の必要性はまったく感じていなかったのですが、恩師が「売上が1 .5倍になる。自分の価値を上げるのには限界があるから、生身の自分以外での付加価値が必要だ」と教えてくれました。それには、事務所を構えていること自体が覚悟を示すと思いました。言われた翌日には不動産屋に行き、 1週間後には判を押したんです。

平井:素晴らしい行動力ですね。

堀切:行動力があるわけではないのですが、そうしないと発展しないと思っているんです。先が見えている人の言うことを愚直に聞いて、とにかく行動してみる。ダメならやめる。迷っている時間が惜しいんですよ。その間に機会損失をしているかもしれないと考えて、“とりあえずやってみる”ようにしています。
 
平井:「取材の学校」も新たな取組みですね。
 
堀切:これは法人化のきっかけでもありました。先ほどのステージ論で、ぼんやりと法人化を考えてはいましたが、さまざまなプロジェクトとのかかわりや「取材の学校」の運営を考えると、法人が必要になったんです。でも、法人化して初めて、その維持に結構なコストがかかることがわかりました。これも投資の時点で回収計画など考えていたら、怖くてできなかったと思います。
 
「取材の学校」で伝えたいこと

平井:「取材の学校」(http://producer-house.co.jp/school-of-coverage/)は、具体的にどのようなことを教えてくれるところでしょう。

堀切:カリキュラムは、取組みの姿勢からアポの取り方、インタビューの仕方、トラブル対応まで多岐にわたります。

平井:インタビュー技法は、なかなか教えてもらえませんからね。

堀切:そうなんです。自分が初めて取材するときにイロハがわからず、「カンブリア宮殿」や「プロフェッショナル仕事の流儀」などのインタビュー番組を50番組くらい録画して、全部文字に落として研究しました。ですから「取材の学校」では、インタビューをビデオ撮影したものと、実際に記事を見て、「この質問をしたときに、こういう返事や反応が返ってきます。だから、こう対処すればいいんです」と、ビデオを見ながら理解してもらっています。

平井:実践的でわかりやすいですね。ちなみに、一番伝えたいことは何ですか。

堀切:取材というのは、コミュニケーションのイロハのイなんです。受講生は、「普段、社長へのヒアリングがうまくいきません」とか、「プレゼンテーションの場は平気でも、質問して周囲から引き出すのが苦手です」といった取材以外の悩みを抱えている方が多い。これもコミュニケーションですよね。「取材」というとすごく狭く見えますが、何にでも使える、生活にも使えるというのが伝えたいところですね。

平井:書くことと聞くこととで、伸びやすいのはどちらでしょう。

堀切:聞くことだと思います。書くことは、当校でもまだ伸ばしきれていないのが、課題としてわかりました。書いて、赤ペンを入れ、フィードバックすることをやっていますが、もっと書く場を作らないといけませんね。ただし、取材記事は聞く段階で勝負がついていると思いますので、何もなしの状態で書くのであれば、元々書くのが向いている、向いていないという部分になると思います。
取材は、ネタは相手が持っていて、それを引き出すだけですので、ある程度の質問手法を身につけていれば、アウトプットは出せるはずなんです。そういった考え方のほうが、ある程度均等に能力を伸ばせると思います。
 
平井:「講師の学校」も始められたそうですね。
 
堀切:はい。こちらも「取材の学校」と同様、「引き出す」という点は共通していますね。講師業の場面以外でも活かせることを教えています。たとえば、コンサルティング場面でのファシリテーションにも応用できますしね。

今後やりたいこと

平井:あっという間に 3つのスクールを立ち上げられましたが、今後やりたいことは何でしょう。
 
堀切:もっと仲間を増やしていきたいですね。そのうえで、スピード感のある仕事がしたいです。メールや電話ですと、相手の時間の問題もあり、タイムラグができますからね。もっと物理的にも近い距離にいる仲間を増やし、その方たちがやりたいことを一緒にやっていくのが理想です。
 
私は、中小企業診断士の仕事を「創る・繋ぐ・診る・書く・話す」と考えていて、これからは「創る・繋ぐ」をやりたいんです。やはり仕組みを作る側の仕事のほうが面白いですし、付加価値も高いですからね。
 
平井:そうですね。これからの展開が本当に楽しみです。
 

撮影協力:カメラマン わたなべりょう
PROFILE
 
 
堀切 研一 平井 彩子
Kenichi Horikiri Saiko Hirai
中小企業診断士。株式会社プロデューサー・ハウス 代表取締役
中小企業診断士。平井彩子事務所代表
ハウス食品株式会社で営業、支店販売企画、開発・マーケティング、新規事業開発と,上流から下流に及ぶ実務を14年間経験。独立開業後は,商店街活性化を中心に活動中。
各種プロデュースやコーディネート業を得意とする。商店街活性化エリアプロデュース事業日吉エリアプロデューサー、登戸・向ヶ丘遊園エリアプロデューサーのほか,長瀞町商工会農商工連携等人材育成事業専門家委員,長瀞町商工会小規模事業者地域力活用新事業全国展開支援事業専門家委員,東京都日の出町観光まちづくり事業審査委員長などを務める。
 
著書に『裏方力が人を動かす』(労働調査会)

独立系ソフトウエア開発会社でプロジェクトマネージャを担当。証券会社向け、ベンチャーキャピタル向けシステム等、金融機関向け業務システムの構築現場を数多く経験。2010年からは、中小企業向け経営改善をメインとするコンサルティング会社に勤務し、会計業務支援、資金繰り改善、事業計画策等を担当。

2012 年平井彩子事務所を設立し、コンサルタントとして独立。人材育成を中心に、業務改善、システム構築支援など、現場が自分たちの力で実行する仕組みづくりから支援を行っている。

URL:http://producer-house.co.jp/ Facebook:https://www.facebook.com/saiko.hirai
 

 

2015/05/15


■ コンサルティング談 #02

powerdby