■ コンサルティング談 #03

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■ コンサルティング談 #03

現場の「次の一手」創造をお客様とともに目指す

現場の「次の一手」創造をお客様とともに目指す

第3回のゲスト・橋本尚久さんは、自分の世界を狭めることなく様々な仕事にチャレンジし、やりたいことを明確にしていく中小企業診断士です。現在は、ビジネススキルなどの企業研修や、マーケティング、業務改革を中心とするコンサルティングでご活躍です。これまでどのようにキャリアアップを進めてきたか、その変遷をお聞きしました。
火星の研究からビジネスの世界へ
平井:最初の職場が NECということですが、大学ではどのようなことを学ばれたのですか。

橋本:宇宙に興味があり、天文や惑星の研究をする「地球惑星科学」を専攻し、火星の研究をしていました。火星は、探査機が飛んでいて、データをとりやすいんです。スーパーコンピュータを利用して条件を入れ、その気象を再現するシミュレーションをし、その結果と探査機の結果を突き合わせて予報精度を上げる研究をしていました。

平井:もともとパイロットになりたかったそうですね。

橋本:はい。理系で大学院まで進んだので、ビジネスの世界がわかりませんでした。ビジネスは常に変化があり、新しい問題にぶつかるので、日々勉強していかないといけない一方で、パイロットなら、操縦がわかれば後は勉強しなくていいんじゃないか、なんて甘く考えていたんです。

花粉症も虫歯もなく、視力も裸眼で1 .5ありました。面接筆記もクリアしたのですが、精密な身体検査で落ちてしまいます。理由は非公開でしたが、おそらく三半規管が弱いことが影響したのかなと思います。

平井:ということは、宇宙の研究をしていたけれど、宇宙には…。

橋本:絶対に行けませんでしたね(笑)。

平井:NECを選んだきっかけは何ですか。

橋本:大学院でコンピュータを利用したシミュレーションをしていましたし、ウィンドウズ PCやインターネットが普及し始めた頃だったので、 ITの世界が面白いと感じていました。大学院で利用していたスーパーコンピュータが NEC社製だったこともあり、親近感もあって NECへの入社を決めました。

ゲスト:橋本尚久氏
不安や疑問を力に変える
平井:仕事は充実していましたか。

橋本:新卒で配属後、銀行系のシステム開発を担当することになります。 IT系の資格も積極的に取得し、システムエンジニアの仕事をたくさん経験させていただきました。プロジェクト単位で、チーム一丸で成果を出していくワークスタイルはとても楽しく、充実していました。

ただ 2年ぐらい経ったときに、顧客の要件からシステム開発を具体化していく流れよりも、世の中にインパクトを与える新しい事業を生み出す仕事にチャレンジしたいという思いが芽生えてきました。

そんな矢先に、 NECの研究所が開発した新技術を活かし、市場で売れる形にソリューション化して新事業を生み出すことをミッションとする、市場開発推進本部という部署が人材公募をかけていたため、即決で応募し、異動が実現しました。

平井:市場開発推進本部では、どのようなことで苦労しましたか。

橋本:苦労は多かったですが、それが中小企業診断士資格の勉強を始めるきっかけになりました。新しい部署は、自社の技術を世の中に新事業として提供していく仕事でしたから、マーケティングや収支計画をはじめとする経営戦略を広く知っている必要がありました。

ITのことは勉強してきましたが、異動していくつかの事業開発を経験したときに、自分のスキルではこの部署で十分な成果を出せていないと悩むようになりました。いまのうちに、自己啓発としてこれらの勉強をしなければと思っていたときに、中小企業診断士資格と出会ったのです。

平井:それは、異動してどのくらい経ってからですか。

橋本: 1年くらいですね。勉強を始めると、経営の知識を深めることが面白いと思うようになると同時に、コンサルタントという職業に興味を持ち始めました。システムを活用した問題解決も楽しかったのですが、システムにこだわらずに経営の視点で、お客様にとっての最適解をゼロベースで考える仕事に挑戦したいと思うようになりました。

平井:もともとは、仕事に活かそうと思って勉強を始めたものの、勉強をしてみたら、コンサルタントに興味を持ち始めたのですね。

橋本:そうなんです。システムや自社製品に縛られないソリューションを提供したいと思うようになりました。そこで、資格の勉強と並行しながら、経営コンサルファームのアクセンチュア戦略グループに転職しました。

平井:その頃は、独立を考えていましたか。

橋本:まったく考えていませんでしたね。学生時代は理系で、ビジネスや経営がわからないというコンプレックスがありました。だから、歯を食い縛ってコンサルティング業界についていけば、そのコンプレックスを克服できて、キャリアの選択肢も広がるだろうと思っていた程度です。

平井:そういった不安感が、前進する力につながっているんですね。アクセンチュアは厳しいイメージですが、いかがでしたか。

橋本:覚悟はしていたものの、最初の半年は地獄の日々でした。先輩には、「これまでの 3倍の仕事を、 3倍のスピードで、 3倍の品質でやらないと価値はない」と言われました。その頃は、コンサルタントのワークスタイルに、身体、心、頭がついていけませんでした。本当に満身創痍だったのを思い出します。

平井:そのような中で、モチベーションの源泉は何でしたか。

橋本:最初の半年は、とにかく落ち込んでいました。でも、中途入社組で集まって近況報告をする機会があり、皆が同じ悩みを抱えていることを打ち明けて共感が生まれました。自分だけが落ちこぼれているわけじゃないと、前向きに考えられるようになったんです。

また、半年を過ぎると、しだいにコンサルタントとして自信を持って発言できるようになり、やりがいも大きくなってきました。特に、お客様が自分を見てくれるようになったことで、自身の成長を感じられたことが、モチベーションの一番の源泉でしたね。

インタビュアー:平井彩子
準備ゼロ、人脈ゼロからの独立
平井:独立を考えたきっかけは何でしたか。

橋本:転職するときに、逃げずに 3年は続けよう、その間に、中小企業診断士試験にも合格しようと考えていました。その両方を2010年に達成したとき、次のステップを考え始めようと思ったんです。

当時は景気も悪く、日本企業の寂しいニュースが多かったので、元気な会社を増やしたいと思うようになりました。せっかく資格を取得したのだから、中小企業の役に立てるようになりたいと思い、独立を決意しました。

平井:資格を取得したてでの独立は、大変だったのではありませんか。

橋本:忙しい会社にいたので、独立までの準備ができませんでした。準備のために会社を辞めたようなものでしたね。準備も人脈もほぼゼロからのスタートでした。

人脈がないので、中小企業診断士が参加する研究会やセミナーには積極的に参加していましたね。その中で、先輩中小企業診断士からアドバイスや仕事をいただくようになりました。

そもそも自分で請求書を書いたこともなく、契約の仕方も知らなかったので、独立中小企業診断士の仕事の仕方をイチから教えてもらっていました。

平井:焦りはありませんでしたか。

橋本:中小企業診断士資格を取得できたことと、コンサルティング実務を経験してきたことで、変な自信があったんですね。

平井:「変な」というのは、どのような意味ですか。

橋本:大手の有名企業でさまざまなコンサルティング実務に携わってきたので、特定のテーマには自信がありましたが、中小企業と大手企業では求められるニーズが大きく異なることに気づかされました。

アクセンチュアでの経験とのギャップに、 1年くらいかかって気づいたんです。金融機関や通信インフラ事業のコンサルティング経験はありましたが、それらは大手しか存在し得ない事業体です。ハイレベルな仕事をやってきたのだから、どこでもやっていけると思っていましたが、まったく中小企業のニーズにヒットしないことに気づいたんです。

平井:その状況をどう乗り越えたのですか。

橋本:自分が挑戦したいこと、できること、そして何よりお客様に求められることの 3つが重ならないとダメだと思い、風呂敷を広げ直して、可能性のある仕事には何でも手を出してみました。

最初は中小企業診断士仲間にすすめられて始めた研修講師の仕事も、やってみると予想以上に楽しく、充実感があり、高い評価もいただけました。3つが重なる領域が見えてきたのです。コンサルティング実務では中小にこだわらず、視野を広げて活動しました。

その結果、中堅~大手のお客様からの引き合いが多く、私も自信を持って価値を提供でき、3つの領域の重なりを感じられました。

平井:「これはやらない」と決めず、思考錯誤しながらも挑戦していったのが良かったのでしょうね。

橋本:そうですね。「専門性を出せ」とよく言われますが、専門性は自分で意識的に作るよりも、周りが決めてくれるものだと感じます。専門として認めてくれるのは周囲で、その求めるものに引っ張られる。やっていて面白ければ、だんだん好きになって極めたいと思うし、期待に応えていきたいと思う。そうやって、専門領域になっていく気がしますね。

平井:そのような中で、少しずつ業務を拡大され、2012年6月に法人化されたのですね。

橋本:研修を行う中で、与えられたコンテンツについて、スピーカーとして話すことに疑問を感じるようになったんです。自分が課題のヒアリングに携わり、研修を企画し、テキストのカスタマイズ、登壇、受講者のフォローという一気通貫で行わなければ現場は変わらないことを、研修やコンサルティングの実務で感じるようになったんです。

コンサルティングも研修も、コンサルタントや講師がいると価値が最大化しますが、その後が続きません。スキルやノウハウが現場に残る仕事をしたいと思うようになり、同じ思いを志にできる仲間と組織として動けるよう、法人化を決意しました。

平井:会社名の「ネクサック( NEXAC)」には、どのような意味がありますか。

橋本:「NEXT ACTION」の略なんです。現場が次の一手を自ら作れるようにしたいという思いを、そのまま込めました。たまたまですが、「NEC×Accenture(アクセンチュア)」の略にもなっていました。どちらの会社も自分を育ててくれた大好きな会社なので、両社への感謝と、そこで培ったマインドを忘れたくないという意味もあります。
「やりたいこと」と「できること」と「求められること」が重なる
平井:今後の夢を聞かせてください。

橋本:幸せになる人を増やしたいですね。自分が幸せでないと相手も幸せになれないので、まずは自分が幸せになることですが。

平井:幸せとは、何でしょうか。

橋本:自分のやりたいことが誰かに求められ、それができている状態ですね。私も試行錯誤でそこを見つけつつありますが、世の中みんながそうなれば良いなと思います。そういった世界を実現することが夢ですね。

平井:とても充実していますね。最後に、これから独立する人にメッセージをいただけますか。

橋本:私もそうですが、最初は手探りでも、興味があることには素直に手を挙げて、チャレンジすることですね。会社が嫌だという理由で独立するのは失うものが多く、後悔すると思います。

ただ、中小企業診断士としていまの環境ではできない何かをやってみたいという思いが強いなら、一歩踏み出してみるべきです。

準備も人脈も、必死になる覚悟があれば、独立後でも十分に間に合うと思います。やりたいことに自信がなくても良いと思います。チャレンジすれば、自信がつきます。専門性も後からついてきますよ。

私も、中小企業診断士としての専門性は何もない状態で独立しました。もちろん、多少の不安はありましたが、独立直後が一番辛いときで、後は必死になった分、実績もスキルも評価も収入も無制限に上がるだけです。いまが底で、これ以上は下がらないと思えば、前向きになれますよ。
橋本 尚久
中小企業診断士
株式会社ネクサック 代表取締役

東京大学大学院理学系研究科修了後,NECでシステム開発、新規事業開発、営業企画・プロモーション業務などに従事。その後アクセンチュアに転職し、マーケティング、IT戦略、業務改革、組織改革などの戦略コンサルティングを行う。2010年診断士登録後、フリーコンサルタントを経て、2012年に株式会社ネクサックを設立。ビジネススキルなどの企業研修や、マーケティング、業務改革を中心とするコンサルティングを展開している。関東学院大学経済学部非常勤講師。

株式会社ネクサック
HP: http://nexac.co.jp/
平井 彩子
中小企業診断士
平井彩子事務所 代表

独立系ソフトウエア開発会社でプロジェクトマネージャを担当。証券会社向け、ベンチャーキャピタル向けシステム等、金融機関向け業務システムの構築現場を数多く経験。2010年からは、中小企業向け経営改善をメインとするコンサルティング会社に勤務し、会計業務支援、資金繰り改善、事業計画策等を担当。2012 年平井彩子事務所を設立し、コンサルタントとして独立。人材育成を中心に、業務改善、システム構築支援など、現場が自分たちの力で実行する仕組みづくりから支援を行っている。
FB: saiko.hirai
2015年6月/撮影協力:わたなべりょう

2015/06/15


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