■ MANAGEMENT #09

HOME» ■ MANAGEMENT #09 »‘未来よし’の「四方よし」へ。新時代の商売、仕事の在り方とは ~コロナ禍を生き抜く。副業応用術~ vol.1

■ MANAGEMENT #09

‘未来よし’の「四方よし」へ。新時代の商売、仕事の在り方とは ~コロナ禍を生き抜く。副業応用術~ vol.1

この度のプロフェッショナル談「マネジメント談」は、Withコロナ、Afterコロナの商売のあり方について、副業・起業支援をされてきた中山マコトさん、大手・中小問わず4000社以上を取材され「商業界」の元編集長をされてこられた笹井清範さんに対談いただきました。マーケッターであり中小企業やフリーランスを応援するビジネス作家の中山さんは、4月に50冊目となる「50代から自分を生かす 頭のいい副業術(青春出版)」を出版されました。時期は新型コロナウイルスで自粛生活を余儀なくされる只中。未曾有の不況の到来とも言われ、大手中小問わず、経営の危機にさられる企業も少なくありません。こうした中、どの企業も商店も今までにない仕事や商売のあり方を考えなくてはならなくてはならない時となってきています。対談では、本のテーマである‘副業’を軸に、お2人の経験から、企業や商店が経てきた失敗、危機から転じた逆転劇、コロナ禍で生まれた副業からヒットが生まれた事例等のお話を伺いました。上手くいく商売の共通項、そして商売の根本にあるものとは…。これから先を創る糧ともなるお話をいただきました。
根本、中心を見直し新たな芽を
Q: 出版が新型コロナウイルスの緊急事態宣言とちょうど時期が重なりました。
 
中山: 50冊というのは一般的には節目ですね。私は100万部売れるほどの本を出すような大きなことをしているという訳ではないのですが、偶然に50冊目であること、そこにちょうどコロナ禍のまさに渦中ということもあって一生忘れられない本になりましたね(笑)。

5月には大手の繊維メーカーの倒産がありました。ニュースを聞いたとき「やっぱりな」と思ってしまったのです。というのは、他にも繊維メーカーがありますが、旭化成さんは住宅事業を、東レやフクスケさんも繊維メーカー以外にも事業をしているんですね。倒産してしまった企業はそのことが全然浮かばなかったんです。世の中の変化に意識を傾けず、本業から出ていくことを拒んでいくとこういうことになってしまうのだと思いまして。

メタセコイアという世界で一番大きく120mまで伸びる木があるんですが、それほどの木でも巨大ハリケーンが来たらボキッと折れてしまうんです。一方で、お寺などに生えている孟宗竹は太くはないのですが、台風が来て倒されたとしても‘しなり’がよいからまた戻るのです。折れないような巨大な柱を作るというよりも、太くなくともサブになるような折れない柱をいくも作っておかないと、立ち行かない時代になってきているなと。厳しい言い方をすれば淘汰されていく時となったのかもしれない、けれど考え方によっては良い時と考えないとやっていられないですよね(笑)。

笹井さんはそのあたりをどう感じていますか? ご自身がいちばん変動にさらされているのではと思いますが。

笹井: じつは、私自身が変動の最中にいます。30年近く勤めた「商業界」という1948年創業の老舗出版社が4月に経営破綻しまして、現在はフリーランスとして活動しています。中山さんの話にも共通しますが、事業というのは目的を持って始めるものなのに、いつの間にか手段が目的化してしまったんですね。
読者に伝えたいことがあるために雑誌をつくっていたのに、いつの間にか雑誌という手段に囚われ、読者に伝わりやすくする技術革新を怠っていたのかもしれません。時代の激しい変化の中で、雑誌をつくるということを目的化してしまった弱さということですね。本来の目的に戻って、それを伝えるためのいくつかの媒体やチャネルを持つべきだったことを私自身反省しています。

事業を続けていく上で、これだけは揺らがない目的は何かということをもう一度考える機会を全国の事業者・商業者は与えられている。それがコロナ禍の本質の一つです。中山さんは孟宗竹のお話しをされましたが、孟宗竹なぜ強いかというと、しなやかということもありますが、根っ子をしっかりと地中に張っているからです。根っ子とは信念です。私自身も自分のその‘根っ子’を見つめ直して、そこからまた新しい芽を出していこうと考えています。
上手くいきやすい?‘ペリフェラル(隣接分野)’とは
中山: 本にも「ペリフェラル」という概念のことを書いているのですが、私のマーケティングのこだわりのキーワードなのです。工学者で東大の名誉教授である畑村洋太郎先生が提唱する「失敗学」という学問があって、その中にあるワードなんですが、‘周辺’とか‘お隣同士’という意味があります。‘隣接分野’のことなのです。

今までしていたことから突然飛び越え、新しいことをやろうとして失敗するケースは少なくありません。いちばん分かりやすいのが野菜事業で失敗したユニクロです。敗因としては、つくり上げてきた財産や資産というものが生かせない。その後、GUではターゲットを変え、持っているノウハウを全部つぎ込むというやり方で上手くいったのですが、明らかにペリフェラルの戦略を踏んでいるのです。今までの自分が持っているものや経験…特に有形無形の‘無形’のものとは何かを考え、それを生かしていくとかなりの確率で上手くいくと考えるのです。

私はかつてマーケティングのプランナーだったのですが、広告やコピー、商品名までもつくったりしてきて独立起業をしたのですが『そんなにノウハウがあるのなら本に書いてよ』との声で本を出しました。次に『書くより直接教えるのが早いから講座をやったら』という声があり、講座や講演を展開してきましたが、全ては当初のマーケティングプランナーだったことに繋がっているんです。ターゲットと媒体を変えるという、いわば‘焼き直しビジネス’とも言えますね。
いまや本業ユニクロをしのぐ「GU」は‘副業’から
中山: 焼き直すといっても二番煎じではなく、新たな価値につくり変えるという‘リビルド’です。住友不動産が新規の事業をつくるときに、新築にお金をかけられる人が少ないという背景から新築さながらにリフォームする「新築そっくりさん」が大人気になりました。工務店さんのネットワークというリソースをフル活用できたことが成功の要因ですが、全く新規のことを始めたわけではなかったのですね。

笹井: 野菜販売事業で大失敗したときの事業責任者こそ、いま絶好調のカジュアルチェーン「GU」を率いる柚木治さんでした。彼は事業開始1年半で30億円の赤字を出して大損害を与えてしまいますが、柳井正さんに「もう一度チャレンジしろ」とGUを任されました。そのとき柚木さんは、野菜での失敗から学んで、ユニクロの持つ強みをもう一度見直し、それを異なる顧客に対して提供することを考えたんですね。

GUを単にユニクロの廉価版と位置づけるのではなく、ユニクロとは異なる顧客に訴求しました。ユニクロはあの当時、機能性は高いもののファッション性に劣る点が一番の弱みでした。柚木さんは「ファッションとは何か?」ととことん考え抜き、「組み合わせこそファッション」という発想から商品開発を重ねて、いまやGUがユニクロをしのぐ成長率を誇っています。GUでは、そうした組み合わせをファッションとして提案することのできる「ファッショニスタ」という販売員が売場で大きな役割を担っています。

ユニクロが創業当時にベンチマークしてきたアメリカのカジュアルチェーンGAPにも、オールドネイビーというセカンドブランドがあります。しかしGAPと同じ顧客層に廉価版を提供するだけにとどまり、アメリカでも日本でも失敗してしまった。柚木さんはそれも見ていたんでしょう。だからソースは一緒でも、顧客を変えるというペリフェラル戦略を徹底したので、GUはユニクロの副業として始まったのに本業を凌ぐ成長率を続けています。
中山: 柳井さんは柚木さんを呼んで『GUをやれ』と言ったところ『わたしは失敗した男なんですよ』と柚木さんが言ったそうです。ところが柳井さんはニヤッと笑って『その失敗があるからお前にやらせるんじゃないか。そろそろ金を会社に返せ』と言ったそうです。笹井さんの言う通り、相手を変える’‘お客さんを変える’という物の見方がすごく大事なんですが、そこに意外とみんな気付いていないことも多いのです。
ノウハウはそのままに、ターゲットを変える
中山: ビジネス英会話のECCは、新たなマーケット開拓として、今まで持っていた教え方のノウハウを活かして、子どもを相手とする「ECCキッズ」をつくりました。当時、お母さんたちが子どもにはグローバルに活躍してほしいというブームがあって。その後「ECCジュニア」を立ち上げます。ジュニアは日本人講師の家で学びますが、キッズは教室へ通い、外国人講師なんですね。相手のニーズによって新たなマーケットを広げる。商売としては、あるものを使えるから簡単で、余計な苦労がないと思います。

ケンタッキーもそのひとつです。ある時期、ハンバーガーやフィッシュフライを売ろうとしたのですが上手くいかず、ファンから『大好きなフライドチキンの味そのものが落ちてしまったのは許せない』と投書まで来たそうです。そこで、フライドチキンで生き直そうと原点に立ち戻った。チキンをたくさん食べたいというファンの要望がありながら、たくさん頼むと値が張ることに気づき、食べ放題の店をつくったら大繁盛したのです。さらに丼の店やバータイムのある店もつくってしまいました。客層は違えど、本命である‘フライドチキン’があって、その周りにいる質の違うお客さんを取り込んでいこうとしたのです。
複数の‘お金の水路’を持つこと お客様に喜ばれてこそ
中山: 私は、水(お金)が入り込んでくる道筋をいっぱい持っておいていた方がいい、という「多水路理論」を提唱してきました。
笹井: 本の中でも「複数のお金の水路を持っておいたほうがいい」と書かれていましたね。

中山: 個人でも中小企業も大企業、すべてにおいてです。例えばウォルマートは小売業では世界でも最も売上が大きくて55兆円ほどの企業なんですが、通販とか金融の売り上げもかなり大きい。それぞれバランスよく経営されているから会社がもっているわけですが、小売業チェーン店から逃れられなくて吸収されてしまった企業はいっぱいあるのです。日本でも有数の小売りチェーンであっても吸収合併されています。例えば「サンチェーン」はローソンに吸収されました。いち早くほかの柱を作ろうと本気で努力していたとしたら、吸収されずに何本目かの日本の小売業の柱になっていたのかもしれないのです。

笹井: 副業と多角化は似ているようですが、大きく違うものだと思っています。かつて売上高日本一を誇ったダイエーは小売を本業としながら、プロ野球やレジャー、ホテル、教育機関、金融などさまざまな事業に多角化しました。しかし、シナジー効果を生まず、うまくいきませんでした。それは小売業という事業の柱とはほとんど関連性のない、離れた領域に多角化を進めてしまったからです。

中山: 商人としては天才でしたよね。

笹井: イトーヨーカ堂の伊藤雅敏さん、イオンの岡田卓也さんなど、同世代の商人には中内さん以外にも優秀な経営者はたくさんいます。しかし、仮に15坪ほどの小さな八百屋をやったら、いちばんの繁盛店をつくり、お客さんに喜ばれたのは中内さんだったと思います。商人としての才覚、売る力、喜ばせる力というのは群を抜いていました。ただし、経営者としては事業の関連性を考慮せず、どんどん飛び石のようにいろいろ手を広げ、阪神淡路大震災のときに痛手を負ってしまい、ダイエーはイオングループに吸収されました。

このように、水路を持つことの重要性と同時に、中山さんの新著から学んだのは、どの水路であっても「ありがとう」と感謝される仕事でないと、その水脈はすぐに枯れてしまうということです。
コロナ危機から転じ、新たなマーケット創出:「銀座十石」
笹井: 銀座松屋の食品売り場に「銀座十石」というおにぎり屋さんがあるのですが、お惣菜売場の名だたるテナントの中でいちばん坪効率の高い、たいへんな繁盛店です。残念ながら今回のコロナ禍で営業ができない状態になったとき、まず行ったのがデリバリー事業でした。

銀座の周りにもマンションや住宅地が多いという事実に着目し、半径3キロのエリアにチラシをつくって自分たちでポスティングをしたところ、多くの住民から「こんなにおいしいおにぎりやお惣菜があって助かるよ」と言われ、売上が回復していきました。副業としての‘デリバリーマーケット’を創造し、さらにデリバリーで好評だった商品の傾向を本業である店舗販売にも反映させています。危機に陥ったとき、持っている事業資源で、誰に、何を通じて、どのように喜んでもらえるのかを考え直すと、危機突破の可能性は大きく広がります。それなのに、多くの場合は新規な事業をやってしまいがちです。
中山: ありがとうという感謝の思いや、誰が自分たちを育ててくれたり守ってきてくれたかを考えると、それはやっぱりお客さんなのです。地球上にもうじき75億人になる人間生きている、そのひとりとひとつの店が出会うということは奇跡どころの確率ではない。「本気で生き抜いていくためには何をしたらよいか」を必死で考えるのが原点だと思います。

テレビで見たのですが、あるラーメン屋さんがコロナの影響でお客さんが少なくなり、開店時間も短く困り果てました。テイクアウトを考えますが、ラーメンを自宅で茹でてもらっても店での味を再現するのは厳しく、茹でた麺を持たせれば伸びてしまう。どうすれば麺が伸びないようにするかことを何百通りも試すと、サラダオイルのようなものを霧吹きで絡めることを発見し、スープをゼラチン状にしたのです。帰ってそのままチンすればスープが溶け出す…レンジアップするだけというところまでたどり着けるまで試行錯誤したそうです。『これからはうちの店の本業になるかもしれない』と言っていて、やはり新たなマーケットが開かれることになったのです。
関わる人を幸せにしたいとはじめた副業がコロナ禍を救った:「かずこの餃子」
笹井: 緊急事態宣言により社会活動が止まったときに、何を考えて何を実行したかということがこれから先の2~3年後に大きく差がつくのではないかと感じますね。このとき大事なのが自分の利益ばかりを考えるのではなく、関わる人たちの幸せを優先することです。関わる人たちの代表が従業員です。

私が通う銀座の会員制クラブに、かずこというオカマのママが経営する店があり、そこの人気メニューが手づくり餃子なんです。なぜ人気商品になったかというと、語るべきドラマがあるんですね。かずこさんは母子家庭で育ち、お母さんが忙しい中でも丁寧につくってくれる餃子がとても大好きでした。やがて彼が店を持ったとき、独り暮らしだったお母さんが家に閉じこもってばかりでは、生きがいがなくなるからとお母さんに働いてもらうために店で餃子をメニュー化したんですね。

今回のコロナによって銀座一帯をはじめ全国の繁華街で飲食店が営業できなくなったとき、多くの店が従業員を守れませんでした。しかし、かずこさんは従業員の雇用を守るために、餃子を冷凍にして通販商品「かずこの餃子」として宅配を行ったのです。まずは常連のお客さん向けにSNSで発信したところ、こんな時だから家で食べようと家庭でも大人気になってリピートされ、クチコミで広がり、雇用を守れるほどの売上になったそうです。

将来は俳優になりたい、演劇で身を立てたい、芸人になりたいと夢を抱く、その店で働けなくなれば収入が途絶え、無職になってしまうようなスタッフを守るために行った副業でした。それが結果として、その店の存在をお客さんの記憶に焼きつけ、再開後の来客数も他店とは比べ物にならないくらい多くなりました。みんな、店に餃子の味を確かめに訪れるのです。従業員の雇用確保のために始めた通販によって、彼自身も助けられたわけです。

また、その店には餃子と一緒に商品化していた麻辣醤の瓶詰がありました。餃子は法律の規制で他店に卸せませんでしたが、麻辣醤なら卸せることが判明し、私が知り合いの商人に声を掛けたところ、遠く離れた京都のあるスーパーマーケットがすぐに仕入れてくれて、その店でも大ヒット商品になったのです。その結果、バーをやっているのか餃子専門店なのか分からないぐらいに繁盛して収益を上げています。

お母さんに働くことで笑顔になってもらうということ、従業員の雇用を守りたいという、利他の精神からヒットや副業が生まれたわけです。中山さんが新刊に書かれていたように、社会貢献性であったり、誰かの笑顔につながるということが商売やビジネスにおいては最終的に自分に返ってくるものだということ実証するエピソードでした。
どんな状況下でも繁盛し続ける力:新宿カフェベルク
中山: 新宿の駅ビルの中にあるベルクというビアカフェがあって、一日平均1500人来る繁盛店なんですが、今回いち早く何を始めたかというと、店内で食事ができなくなったので野菜市場を始めたのです。仕入先から商品がいっぱい余ってしまっていると話を聞き、仕入れ先を助けたいという気持ちから販売をはじめたのですが、はじめたらよく売れるのです。肉の仕入れ先からは、イノシシの肉を出荷できなくて困っているという話を聞いて、今ではイノシシ丼を提供しているのですが、それまで扱っていなかったのに大変な人気になりました。評判を聞いて遠くからもお客さんが来ると。仕入れ先を助けたことで、結果的に従業員さんのお給料の補填にもなったそうです。

笹井: イノシシ丼は定番メニューになりましたね。私も3月末にベルクに行ったとき、副店長さんが深刻そうな顔をしていて『明日からルミネが閉店するって。明日の食材もう仕入れちゃったのに』と言っていましたが、翌日にはマルシェとして業態を変えて商売を続けていた。あの機動力こそチェーン店ひしめく新宿にあって、個人店として繁盛し続けるベルクの力です。

中山: やってみて初めて気が付くこと見えてくることもたくさんあって、このコロナ対策が次の本業を生んでいく可能性を秘めてもいると考えるのです。
  • 1
  • 2

 

2020/07/05


■ MANAGEMENT #09

powerdby